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第5分科会

講座:環境問題(学校や地域のゴミ問題)

 

講座 講師 十勝環境教育センター代表 太田理三郎
協 力 者 富良野市立山部中学校 教諭 三村  勉
問題提起者 恵庭市立恵明中学校(組織対策委員長) 高橋 次郎
司 会 者 福島町立福島小学校(組織対策委員) 松台 祐吉
静内町立山手小学校(組織対策委員) 藤村  真
記 録 者 清水町立清水中学校(組織対策委員) 相坂隆三郎
函館市立本通中学校(組織対策委員) 木村 敏幸
運営 委員 富良野市立樹海西小学校(組織対策委員) 菅原 直樹
 

 参加 人数  1日目 228名   2日目 119名

講師報告:「環境調和社会に」

 1970年ごろ、四日市郊外が新聞を賑わしたころの風潮として、工場が加害者であり、消費者は被害者であった。現在、我々はこの環境問題、特にゴミ問題・ダイオキシン・環境ホルモン等の関係について、加害者であり被害者であるという意識を持たなければならない。
 十勝の住民運動の歴史は、労働運動との関わりの中でできてきた。そのころ、公害対策市民会議というものを労働運動の中に発足させ、それが十勝の住民運動の始まりであり、住民参加が十勝の住民運動の1つの経過である。1962年『沈黙の春』が出版され、地球環境上の問題がいろいろな会議で論議されてきた。地球発展の歴史の中で石炭文明から石油文明に変わり、いろいろな化合物を作り出してきた。化学物質の世の中を作り出したのは石油文明が1つの大きな原因である。石油文明のおかげで生活が豊かになったが、さまざまな塩ビ製品が生活の中に入っている状況を知らなければならない。大量生産、大量消費、大量廃棄という時代の中で家庭の中で「もったいない」という言葉が死語になっていった。消費者のニーズにあったものを先取りした業界が、我々自体を追いやっていったのではないか。
 家庭から出されるゴミ(生活系廃棄物)は今の廃棄法の中では、市町村が責任を持って有料・無料を別として、これを収集し処理している。また、事業系ゴミについては市町村の責任はあるが、収集等については排出業者が料金を払って処理している。法体系の中では、学校で出されるゴミは事業系ゴミである。廃棄場には安定型、遮断型、管理型とあるが、法の規制がその時々によって違うという問題点がある。行政が住民側に立って問題を解決していかなければならないという発想がない。産業廃棄物処分場について許可するのは知事であるが、立入検査などは業者任せになっているのが現状である。企業がコスト(料金)の安い業者で処理しようとするため、不法投棄等の問題が起こる。ダイオキシンの問題について言えば、脱焼却(燃やさない)ということが必要だが、その前にダイオキシンを出す物質を使用させないという観点の中で脱塩ビ社会を作ろうという発想も必要である。1995年、包装リサイクル法が制定されたが、製造業者の責任、消費者の問題、莫大な生産コストの問題等がある。税金に占めるゴミ処理費用は多いところでは25%という実態がある。また、ダイオキシン類については大気中の基準はあるが、土壌中、水質中の基準がない。ダイオキシンの問題、母乳の汚染の問題、それと関連して環境ホルモンの問題について、その基準が本当に安全なのかがわからない。焼却灰の処理についても問題である。学校において、PC食器が現状としてはまだ多くの学校で使用されているのではないか。ダイオキシン、環境ホルモン、農薬の問題、危険物を排除する運動、脱塩ビ、ゴミを少なくする運動をすると同時に、情報を公開させる必要がある。これから未来に生きる私たちがなすべきことについて地域住民に情報を正しく伝え、運動の核を広げ行政を変えていくことが、自分の命と暮らしを守ることになるのではないか。

協力者報告:「環境都市富良野市とゴミ処理問題の今日的状況」

 富良野市はリサイクルの町として、リサイクル率56%ということで、全国的にも有名になった。埋立処分場の閉鎖問題が契機となり、生ゴミをどうするかという取り組みの中で生まれてきたのがコンポスト(堆肥)である。農業都市として生産性を追求する中で、生ゴミを再利用しようとする発想で生まれた。次に可燃ゴミ、いわゆる固形燃料(RDF)化である。焼却や埋立でなく、それを原料化(再利用)しようとした。しかし、ダイオキシン問題により、その固形燃料をどうするのかという問題がある。現在6種分別に取り組み、粗大ゴミも含め7種分類まで行っているが、ゴミ処理に関わる費用は富良野市の歳出の約15%を占め、予算の硬直化により予算が取れない現状にある。今後、長居スパンで何を優先させるかが大事になってくる。富良野市の今日的課題として、RDFの活用先、施設の老朽化、資源化率向上、広域処理分担の分配、固形燃料のダイオキシン問題等がある。今後、TDF(固形燃料)の生産に向かうとすればどうしていくのか。建設費用をどうするのか。脱焼却に向かうときに立ちはだかる諸問題。脱焼却に進めば必然的に安全な農作物ができる。今、消費者が求めているものは安全であり、これからはさらに農業問題も検討していかなければならない。ゴミ分別が非日常から日常へと転換されていくことが必要であり、これなくしては先に進まない。身近であることが克服のキーワードでないか。学校において環境科というものは存在しない。
 では、環境問題は、いろいろな科目の中でどのように扱われているのか。教科にまたがっているものであり、いろいろな側面(教科)からアプローチできる。ただ、現状はそうではない。作成に時間をかけ、完成してしまうと終わり。作品をもとに自分たちの生活をどうしたらこの作品が生きるのか、という視点が欠けている。本来、根っこがあって、それを枝葉に分けたのが教科であるはずが逆転してしまった。根っこにあるものの研修をさておいて、末端のところでどう教えていくかというところに陥っているのではないか。身近になり日常化できないとゴミ問題は前に進まないが、分別が細かすぎるとという答えが学校の先生から返ってくるところが、ゴミ問題の取り組みの苦しさだと思う。学習や情報の提供、ゴミ減量に向けた日常化が必要になるのではないか。

組織対策委員会報告:「学校や地域のゴミ問題」

 2年前に取り組んだ当時の状況と、現在の取り巻く状況は加速度的に変化してきている。結果的に、ダイオキシンから環境ホルモンまで触れざるを得ない内容になっている。ドイツの環境法を見ると、「事前予防の原則」「発生者責任の原則」「現状保護の原則」「国家と経済の協力の原則」の基本的にはこの4つの部分、特に予防の原則がきちんと明文化されている。ゴミ問題についても、情報公開というものが基本的な方法として大事なものになってくる。学校のゴミは事業系廃棄物であり、学校では勝手に処理できない。各自治体の廃棄物の処理に従わなければならないということが基本になってくる。埋立処分場(最終処分場)について、全国的に4例の住民投票が行われたが、いずれにおいても反対票が賛成票を上回っている。しかし住民投票の結果がその内容を覆すまでには至っていないのは、端的に言うなら法的拘束力がないからである。
 1997年10月31日付け文部省通知により、有害物質の安全性の問題が、いきなり焼却炉の問題にすり替わってしまった。学校から焼却炉がなくなったことを、我々がどう受け止めているのか。それによって地域に広がりを見せていかなければならないことに対して差ができてきている。子どもの目には、学校から焼却炉がなくなったことがどういうふうに写っているのか。子どもの目から見た疑問を我々に置き換え、見ていかなければならない。合成化学物質に囲まれた生活を厳しく見直す具体的な取り組みの可能性が学校にもある。リサイクルや省エネだけに留まってはいけない。課題意識、問題意識を持ち続けることが重要なポイントになる。自分で分別するというシステムの確立・組織化。再生製品の積極的利用等、我々の視点を変えれば変えていけるところはたくさんあるのではないか。リターナブル(繰り返し利用)の意識をいかに定着、組織化していくのか。そのための情報活動、委員会等の設置。ルーティン(日常の仕事)という概念を確立していくこと。排出基準、総量規制という概念から予防原則への転換。リサイクルとともに環境への負荷の配慮が必要ではないか。我々自身が学習し、伝えていかなければならない。焼却炉が学校からなくなることによって、ゴミの最終処理過程が子どもの目には見えなくなった。そのためゴミ問題に対する意識が希薄になったという現実。
社会科副本の改訂、PC食器の問題等、直接学校と教育委員会が話をして問題点を詰めていく必要がある。ゴミの分別やリサイクルの体制確立、シュレッダーや保管庫の設置、副読本・教科横断的教材作り等、予防原則の観点から具体的行動が必要になってくる。現場から塩ビ製品は使わないという意思表示が必要ではないか。排出される一般ゴミの70%が焼却されている現実を改める。分別収集の早期実施を要求する。ゴミに関するすべての情報を公開させる等々。ゴミ問題が単なるゴミ問題として片づけられないということを我々自身が自覚し、ゴミ問題は生命の根源の問題であることに気づき、問題意識・課題意識を持ち続け、どう具体化し行動を起こしていくのか。さらに広げて組織化していくことができないのか。事前予防の観点で行動していくことが重要である。

1.討議の内容

渡島

十勝環境教育センターの設立の経緯と活動、公的助成はどうなっているのか。事務職員として環境に対してどういうことができるのかを考えたとき、教育委員会よりも意識を持って変えていくことができるのが事務職員ではないか。仮装行列で出るゴミの処理について良いアイデアがあれば教えてほしい。

講師

環境センターは市民公害会議が発足した1970年、労働運動と一緒になりながら進められた経緯があるが、半分以上が個人の寄付で、公的助成は一切もらっていない。河川改修の歴史等の資料の作成を行ったりしている。仮装行列とゴミ問題について子どもたちに考えさせることが必要。発想の転換が必要であり、子ども自信に考えさせる場を作るという教師の発想がなければならない。

協力者

仮装行列は子どもたちに教える場面、教育活動の1つとして大切であり、ゴミをどう処理していくのか、見通しを持った計画が必要ではないか。

日高

静内の現状は、焼却炉は4月に全校で廃止されシュレッダも設置された。委員会と学校で話し合いが持たれたことはなく現場においてもゴミ分別や環境に対する意識は低い。PC食器はそのままになっているが、昨年度陶器製の食器を試行調査している。環境問題について職員に啓蒙する具体的策はないのか。

協力者

全道教研にないても取り組みが遅れているのが現状である。そういう学習の場に触れていくのも必要ではないか。

講師 先生方の意識改革をしていかなければならない。先陣を切る行動をとってほしい。
日高

僻地においてゴミの収集回数が非常に少ないという問題がある。住民運動と結びつけていかなくては、ゴミの収集問題についてはとをにもならない。地域住民の意識を変えていくには、学校としてどうするか。

講師

教育委員会の仕事として、ゴミを収集するのも学校管理上の1つであるという要求をしていくこと。行政が責任を持つことが基本であり、過疎地においても公平な行政を望むことができる。教員に働きかけ、地域を取り込んでいくことが必要なのではないか。

函館

焼却炉を使っているところはなく、業者が収集している。今年から本格的分別収集が開始されており、シュレッダーはほとんどの学校で配置されている。牛乳パックの回収について一時期問題になったことがあった。教育委員会を経由せず、直接環境部から学校におりてきた経緯があり、条件が整備されていない状況でも整備だった。

提言

予防の原則において、より安全な方向性、間違えるにしても、より安全な方向で選択することが基本的な考え方になってくるのではないか。

協力者

スクールアジェンダのように構造的にすべてを動かしていかなければ、日常的なものにいかないのではないか。

講師

自分の命を守るという観点で行動し、自分で勉強するしかないのではないか。この学校現場で先生方に還元してほしい。

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